本日は、東京大学大学院の秋田喜代美先生の最終講義にオンライン参加するために大学に休日出勤した。私が、秋田先生に実際にお
その理由について、少し長くなるがここに記しておく。
大学を1年留年して卒業することとなったが、大学時代にあまりにやり残したことが多すぎるという思いから進学を志すようになった。学部から大学院への進学は当時の個人的状況から叶わず、翌年4月から大阪市立大学大学院の科目等履修生となり、大阪市立大学大学院文学研究科教育学コースで授業の聴講と進学に向けての準備に入ることとなった。また、学部時代の先輩には個別の勉強会を開いてもらったり、高槻市の学校を紹介してもらい週に何度かスクールサポーターとして授業参観や学習支援にあたる機会も頂いた。
9月の試験で無事に大阪市立大学大学院文学研究科に進学することは決まったが、研究として何をやるかというのは実は曖昧だった。どういう経緯だったかが定かではないが、鳴門教育大学で開催された日本教育工学会全国大会(教育工学関連学協会連合第6回全国大会)に参加し、授業研究や教師教育に関連することがやはり自身の関心に近いことがわかった(卒業論文のテーマも授業分析だったこともある)。
そのような中で出会ったのが、『成長する教師』所収の秋田先生が執筆した「授業をイメージする」という章であった。そこで紹介されていた「比喩生成課題」すなわちメタファーの研究でであり、教師の実践的知識や信念を記述する研究に出会ったことが私
当日参加者に秋田先生の業績一覧が共有されたが、秋田先生の業績については改めて圧倒された。それは、著書、分担執筆、論文等で110ページにもわたっていたからである。しかも、院生時代から現在に至るまで止まることなく、研究を発信し続けていることも驚嘆という言葉でしか表現できない。
当日の講演では、それらの研究につながる研究や人との出会いが語られた。共同研究や助成金事業として、それを意味あるものとしながら、著書等の研究成果につなげていくことには非常に学ぶべき点が多かった。もちろん、それは単に研究として業績が生まれるという以上の意味を帯びていた。研究を基盤としつつ、理想や望ましい姿を織り込みながらも、現場等でも意義や価値を実感できる面があったことが講演から強く伝わってきた。
同僚や指導学生等からのお祝いのコメントからは、秋田先生の人となりと仕事量について伺うことができた。そこから多大なる信頼を勝ち得てきたことは十分すぎるほど伝わってきた。
もしコロナ渦でオンラインでなかったら秋田先生の最終講義を聴講する機会がなかったかもしれない。そういった点からも本会に参加できたことに心から喜びを感じることができた。
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